聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
その時ふとカイの面影が蘇ったのはきっと、風が甘い匂いを運んでここがルクリアの庭であることを思い出したからだ。それがリュティアを魔法のように我に返らせた。

「……ん……やめて…はなし……」

リュティアがやっと全身で抗い始めた時、突然ライトが呻きをあげて腕を押さえた。

その腕には矢が突き立っていた。

「……リューから離れろ」

地の底から響くような怒声は紛れもなくカイのものだった。だがカイのこんな声をリュティアは聞いたことがなかった。ライトの腕の力がゆるみ、リュティアはやっと彼から逃れ自分の体を取り戻す。

―カイに見られた!?

それはリュティアにとってなぜか大きな衝撃だった。リュティアは羞恥と後悔のいりまじった気持ちで愕然となる。

しかしカイが次の矢をまっすぐにライトに向けてつがえているのを見てはっとした。

「!! 待ってカイ! やめて! お願い、やめて!!」

気がつくとリュティアはライトの前に立ちはだかり両腕を広げていた。

当然、カイは矢を放てない。

いや、カイならばリュティアの体を正確に縫ってライトを狙うことくらいわけはないだろう。今はリュティアの行動に驚いているだけだ。だからリュティアは焦ってライトの背中を押した。

「早く!! 逃げてください…! 逃げて……!!」

ライトは一瞬とまどったようにリュティアを見つめたが、腕の痛みに命の危険を感じたのだろう、よろめくように駆けだした。

ライトの背中が見えなくなるまで、油断はできなかった。リュティアは全身でカイの前に立ちはだかり、カイの矢が放たれないように祈った。

「リュー!!」

カイの怒声に、リュティアは身を竦ませる。

「なぜかばう!! あの男はお前の敵なんだぞ!!」

カイの容赦のない言葉はリュティアが認めたくない事実を抉った。
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