聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~

その雪が舞い落ちてくるのを見つけた時、カイは直感的にこれに触れてはならないと思った。

なぜならその雪はどす黒くいびつで、明らかに今までのような美しい思い出の雪ではないことがわかるものだったからだ。

だが、その雪に強烈な引力のようなものがあるのもまた事実だった。カイは急いでいた。急いでいたが、どうしてもその引力に抗えず、指先でそれに少しだけ触れてしまった。

すると――

カイの胸に一瞬鮮やかに記憶が蘇った。12歳の時の記憶。湖の館に賊が侵入した日の記憶だ。カイはリュティアを守ろうと弓を手に――

違う、とカイは気がついた。

手にしていたのは剣だった。そうだ、あの日カイは、剣でリュティアを守ったのだ。

剣は決して苦手ではなかった。ではいつ、苦手になった?

あの日だ、と心のどこかで何かが囁く。

あの日――湖の館が焼失したあの日。カイは見てしまったのだ。

何を…?

―だめだ! 思い出してはいけない!

カイは雪から自分の指を思いきりひきはがし、勢いあまってその場に尻もちをついた。心臓がばくばくと激しく脈打っていた。―今の記憶はいったいなんだ? なんなのだ? 自分の記憶は何かがおかしい…?

しかし雪の冷たさがカイを我に返らせた。

今はそれどころではない。リュティアだ。リュティアをみつけなければ。

「リュー!! どこにいる! 返事をしてくれ!!」

砂時計はもう三分の一以上落ちてしまっている。時間がない!
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