聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
「ここは黄泉の国。時と共に移ろい姿を変える幻の国。生ある者にここの扉は開かれない。帰りなさい、迷える者よ」

突然声をかけられカイは驚いた。

よくよく見ると扉の前には背の高い若い男が立っていた。扉と同じ光沢のある白いローブをまとっていたので気付かなかったのだ。

「あなたは…?」

カイはこの世界にやってきて自分が初めて声を発したことに気がついた。その声は奇妙に反響していた。若い男の声は反響していなかったというのに。

「私は黄泉の国の番人ファラーガ。ここで起こるすべてを見、聞き、死者の魂を天上界へと導く者。若者よ、なぜ生ある君がここにいる?」

ファラーガと名乗った番人の顔はフードに隠れて見えない。だが長い黒髪がふた房、ローブの上からでもわかる逞しい胸元にこぼれおちていた。カイは慎重に言葉を選んだ。

「私は大切な人を助けるためにここに来たのです。その扉の中に、彼女がいるかもしれない。どうかそこを通してください」

「ならん。ここにいるだけでも君の命に関わっているのだぞ。早く帰りなさい」

「私は死んでも構いません!」

思わず叫んだ後で、カイは苦笑した。それは嘘だと気付いたのだ。

「いえ…死ぬわけにはまいりません。大切な人と、二人で帰りたい、二人で生きたいのです。わがままだと思われるかも知れません。ですがこれが私の正直な気持ちです…どうかそこを通してください」

ありのままの気持ちを告白して、カイは深々と頭を垂れた。それしかこの番人に対してできることなど思いつかなかった。

番人は思案するように顎に手をあてた。
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