聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
広い土の練兵場のあちこちに置かれたランプの灯りが、せっせと箒を持つ手を動かす人影をぼんやりと照らしだしている。その柔らかい曲線を描く後ろ姿が若い娘のように見えて、グラヴァウンは目を疑った。

―若い娘など兵士にいたか…?

ここはヴァルラムではない。女の兵などいないはずだ。

そう思ってまじまじと人影を見つめて、そこで初めて彼はその後ろ姿に見覚えがあることに気がついた。

なぜか鼓動が早まった。まさかと思う。しかしその予想をはっきりと確かめるにはランプの灯りは小さすぎた。

彼は大股で人影に歩み寄った。

その気配に、人影が振り返る。

「グラヴァウン総帥?」

その澄んだ声を聞いた瞬間、グラヴァウンは自分の予想が的中したことを知った。

近くで見ればひとつにまとめたその緩やかに波打つ髪は桜色。

―女王陛下ではないか!

「なにをしているのです…」

見ればわかるのにそんなことをわざわざ問うてしまったのは、彼がひどく動揺しているからに他ならない。

女王は額の汗をぬぐうと、悪びれずに答えた。

「少し、掃除を。軍のために、何か私にできることをやりたいと思ったのです。でも、できる限り練習を観にいくことと、あとは掃除くらいしか思いつかなくて…。ご迷惑でしたか」

その言葉より何より、グラヴァウンは女王のいでたちに、まるで雷に打たれたような心地がした。朝議に豪奢な髪飾りをしてきたあの女王が、飾り気のない黒のチュニックとズボンに身を包み、腕やら頬やらを砂や土で汚している。

「………………」

グラヴァウンはしばし返す言葉が思いつかなかった。

彼女の表情に気負ったところはまるでなかった。

だからだろうか。グラヴァウンは気がつくと、壁に立てかけてあったもう一本の箒に手を伸ばしていた。

「…早く終わらせて、早く眠ってください。お体に障りますよ」

そう早口で言うなり身をかがめて掃除を始めるグラヴァウンに、女王がまあ、と実におっとりとした様子で声を上げる。

「手伝ってくださるのですか。ありがとうございます」

―なんなのだ、この女王は。

グラヴァウンは力任せに床を掃きながら、憤りにも似た感情と共に思った。

―礼を言うのは、こちらの方ではないか。
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