聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
無論、リュティアは傷ついていた。

初恋の相手に殺されたのだ。

失恋したのだ。

笑っていられるのが不思議なくらい、リュティアは傷ついていた。

生まれて初めて知る失恋の痛みに、人知れず苦しんでいた。

今まで胸を熱くしてきた焼けつくような想いが、今度は鋭い刃となって自分の胸を傷つける。浮かぶたったひとりの面影が愛しければ愛しいほど深く、傷がついていく。失恋したのだ、もう忘れなければならない。わかっていても面影は胸に色濃く、リュティアを苦しめる。

それでもその痛みも傷も苦しみもすべてを包み込んでくれるような大きな愛を、リュティアは感じていた。

カイだ。

カイの愛が、胸の傷を優しくいたわり、癒してくれる。

リュティアはそれに、大いなる安らぎを感じる。

カイがいてくれるから、この激しい胸の痛みも恋した人の面影もきっと忘れられるだろうと信じることができた。

やがてその人といやでも顔を合わせ、戦わなければならない運命については、無意識に考えないようにしていたが、誰がそれを責められるだろう。初恋を失った辛さだけで、リュティアはいっぱいいっぱいだったのだから。

リュティアは今はただカイの気持ちがありがたかった。カイのそばにいたかった。カイがいつも見守っていてくれること、愛していてくれること、それが見えない力となり、基盤となり、リュティアは自然体でいられる。

女王としてでなく、聖乙女としてでなく、一人の人間としていられるのだ。

「乙女(ファーレ)も今度一人で乗ってみれば?」

パールが話しかけたのに、リュティアはそっと微笑んだままカイをみつめつづけており、気がついた様子がない。

カイはカイで、こんな時に限ってその視線に気がつかず前方をみつめている。

パールはアクスと顔を見合わせ、やわらかい表情で大袈裟に肩をすくめた。
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