聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
『おや、私のかわいいリュティアはもう小さな職人だな』

背後から快活な声が聞こえて、カイもリュティアも瞳を輝かせた。

『父さん! いつ帰ったの?』

『リデアスおとうさま、しょくにんだなんて、そんな…』

恥じらうリュティアを抱き上げる父をカイは惚れ惚れと見上げた。

明るく明朗で飛ぶ鳥落とす勢いの大商人、身分違いの恋を情熱で叶え誰よりも妻を愛する父の背中にカイはいつも憧れていた。

『リュティアが考えた薔薇の実のビーズ、あれは売れたぞ。わかるか? たくさんの人が素敵だと思って買ってくれたんだ。だからはい、これはリュティアのものだ』

『ぎんかが、こんなにたくさん…いいのですか? リデアスおとうさま』

『たくさんの人が買ってくれたら、こうやってお金が入るんだよ』

今思えば、父もリュティアのことを徹底して自分の娘のように扱っていた。こんな小さな頃から商売のいろはを教えようとするなど、いかにも商売上手な父らしい。

しかしやさしい思い出の中に複雑な視線と思いが流れ込んできた。

『父さん!』

『カイ、また大きくなったな』

父と笑み交わすカイをみつめる視線。リュティアの視線だ。

―カイがうらやましい。

え? と現在のカイの意識は驚きに目を瞠る。

―どんなにおとうさまとおかあさまがわたしをだいじにしてくださっても、わたしはほんとうのこどもではない。このだいすきなひとたちのかぞくではない。わたしのほんとうのおとうさまとおかあさまはとおくおうきゅうにいて、ちっともあいにきてはくれない。でもそんなことばかりかんがえるのはユーリアおかあさまとリデアスおとうさまへのうらぎりのようなきがする…。

溶け行く光る雪の冷たさに意識が引き戻されたが、カイはしばし立ち止まったまま動けなかった。

リュティアが自分を羨んでいたなど、考えたこともなかった。

湖の館でのびのびと暮らしていたリュティアが心の内にこんな寂しさを抱えていたなど、どうして知り得よう。

しかし不思議なことに、リュティアのそんな一面を知ったことでカイの中のリュティアへの愛しさはよりいっそう膨れ上がるのだった。
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