聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~

突然背後から肩に何かあたたかいものをふわりと着せかけられて、リュティアは驚いて振り返った。

「冷えるよ」

「…お兄様」

そこにはラミアードの微笑があった。なんてあたたかい微笑なのだろうとリュティアは思う。肩にかけられたもの―どうやら小さなブランケットらしい―よりもずっとあたたかいではないか。

ブランケットを前でかきあわせるようにしながら、リュティアは無理に笑顔をつくった。

「ありがとうございます」

微笑み返してさらりと身を翻すラミアードの背中を見送りながら、リュティアは我知らず長いため息をついた。

ヴァルラムとの正式な和平条約締結のため、リュティアは今ヴァルラムとの国境の町リールに向かって旅をしている。

無論、以前のように少人数の旅というわけにはいかない。女王の旅であるから大きな馬車に護衛の兵がごまんとついた大所帯での大移動だ。

すでにヴァルラム国王エライアスもリールを目指し王都を出発したと報告を受けている。

リールの街の中央にそびえる優雅な白大理石の大門を越えたところにある、ヴァルラム領となる大聖堂が条約締結の舞台となる。

二人の国王の移動距離はそう変わらずとも、舞台が名前の上ではヴァルラムとなるのが、今のフローテュリアの立場である。もっとも、受けた恩だけでいうなら一方的にリュティアがヴァルラム王都まで行かされてもおかしくないのだから、文句は言えない。

「だからと言ってあまり相手に強く出させてはいけないよ」とはラミアードの言だ。

ラミアードはヴァルラムより正式な招待を受けてこの条約締結の旅に同行している。

ヴァルラムがリュティアでなくラミアードを実質的な国王と目したのはこのことで明らかだ。

リュティアはそれが悔しいのかなんなのか、自分でもわからないが、こうして気がつくと溜息が出てしまうのだった。
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