アキと私〜茜色の約束〜
「あの家、売るのやめたのよ」
「え?」
おばさんはふふ、と笑うと廊下の壁に沿って置いてある長椅子に腰を下ろした。
そして、その隣りを軽くトントンと叩いて私に座るように促し、それに従って座ると満足そうににこっと笑った。
「明希が目を覚ましたら、家族三人でまたあの家で暮らそうって主人と決めたの」
そう話すおばさんは穏やかで、ここ数年、おばさんのそんな姿を見た記憶はない。
「引っ越す前はただ辛くて、本当にあの家にいたくなかったの。何もする気になれなくて、ボーっとしてても無意識に涙が出てくる。お腹は空かないから食べる気もしないし、無理矢理食べたとしてもすぐ吐いてしまう」
苦しそうに目を細めるおばさんは、持っている花瓶をぎゅっと握り締めた。
そんな姿に、それがどんなに辛い日々だったか、ヒシヒシと伝わってくる。