リセット
学校について気付いた。
時計は12時を回っている。
「おいサトル、また遅延とか言ってお前」
隣の親友を小突く。彼はにへらっと人の悪そうな笑みを浮かべていた。
「遅延は本当だって。マジで人身事故起きたの。」
「始めっから遅刻する気だったやつね」
「ケータイ見ればわかったじゃん」
「水没した」
「え」
「一昨日水没したんだよ」
「マジ?」智は苦笑する。
ケータイが水没したのは一昨日の夜。風呂場で落とした。結果大惨事になったけれど、得るものもあったからよしとする。
家には時計を確認するものがない。それどころか、テレビや、本棚といった家具らしい家具も殆ど無い。固定電話がひとつ、つなげてはあるものの、わざわざ学校へ行く前に時報を聞いてから出かけるなんて「時間の無駄」だと思っている。
それなら電波腕時計をまず買う。そんなお金ないけれど。
おかげで目が覚めても何時なのかわからない。
3月末にクラス振り分けの手紙が学校から届いたので、教室はあっているはずだ。
自分の教室を見つけ、扉の前で智と別れる。彼は唇の片方だけ上げて笑い、手を、親指だけ立てて横に倒した。隣のクラスらしい。智が教室に入ると、騒々しい声がさらに一段高くなった。
教室入ると、暇を持て余している生徒が全体の4割ほど残っているのが目に入った。
大体の生徒は昼食を済ませており、2~5人ほどのグループで雑談をしている。
知らない生徒ばかりだったが、見知った顔もいる。
彼らは自分の顔を認識した途端にはっとした表情になり、こそこそと話し始めた。静まり返る教室。なんて待遇なんだ。
「えっと」微笑んだ。自分は無害ですよというアピールだ。「俺の席ってどこかな?」
こそこそした声以外聞こえない。頭の中で、きっと俺の席の場所を確認しあっているのだろうと、希望論を立てた。もちろん微笑みの表情は崩さない。
一歩進むと近くの机がガタッと音を立てた。
「す、すみません!」
裏返った声がした。席にはメガネを掛けた男子生徒が本を抱えて座っていた。知らない生徒だった。読んでいる本はシェークスピアだ。哲学かぶれかと少し悲観的になる。
偏見とは違うが、あまり関わりたくない人種だった。
「ん?」
「ああの、とっ、隣です、オレの」
「あぁ。どうもね」
面白そうだったので彼の背後を回ってから自分の席に座った。小動物にでもなったつもりなのか彼は始終ビクビクと震えていた。窓際の女子グループからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
彼は多分いいやつだと頭の中で判断した。
俺は単純な人間なんだ。
今日がなんの授業なのかもわからなかったが、机の中に大量の教科書が詰め込まれていた。多分自分のであろう。となりのメガネ君が嘘を言っていなければ。
ひとまず中の物を全部出し、整理する。これだけあれば全部の授業いっぺんに受けても問題ないような気がした。
こういう時は本当に緊張する。
小さな動きも全部神経を集中させなければ、挙動不審に思われるだろう。
つい、周りに視線を投げてしまいたくなる。
新しい教室、新しい生徒。
全部を視界に入れ、脳にインプットしたくなる。
不憫な性格だなと感じる。
本当はすぐにでも智の教室に行きたかった。
それではなんだか逃げているような気がしたので、やめた。