純愛は似合わない
寝室のドアを開けた途端、部屋にはコーヒーの匂いが充満していた。
速人は自分で淹れたコーヒーを飲みながら、ソファに座り新聞を読んでいる。
彼はまるで日常の風景のように、私の部屋に馴染んでいた。
数えるくらいしか訪れたこともないくせに。
私はキッチンに置いてあるコーヒーメーカーの前に立ち、自分のマグカップにコーヒーを注いだ。
「会社のコーヒーと同じ味がする」
速人は私の気配を感じたのか、新聞からは目を上げないまま、独り言のように話し掛けて来た。
「松中さんに教えて貰ったの。社長室のコーヒー、美味しかったから」
「ああ。前に美味しいって言ってたな」
そしてまた沈黙が、二人の間に走る。
私はキッチンに突っ立ったまま、コーヒーを啜った。
今朝の速人は近寄りがたい。
くだらない口喧嘩ならいつでも相手になるが、どうも勝手が違うのは苦手だ。
「……早紀。いつまでそこにいる?」
キッチンの流し台に寄り掛かったまま動かない私に気付いた速人が、鋭い眼差しをこちらに向けた。
私が、私の家で、何の遠慮や気後れが必要なのか。
速人の態度を一々気にする自分を馬鹿らしく思い、床に貼り付いて動かなかった足を引き摺るようにリビングへ歩き出した。
私のそんな様子を速人の瞳が追ってくる。
一挙一動を眺められると、落ち着かない気分になるけれど。
でも、それをひた隠し取り繕った私は、リビングの床に座った。
「……身体が辛いか?」
速人の幾分、揶揄を含んだ言葉に、口角が勝手に上がる。
何も無かったことにされるよりも、この方がまだマシだ。