純愛は似合わない
「無いなら、以上だ。……ああ、モートンの支配人に宜しく伝えてくれ」

こういう時の彼は本当に冷たい顔をしていて、決して他人を寄せ付けない。


しかし速人はソファから立ち上がって自分の椅子に戻ると思いきや、覆いかぶさるように私のソファの背当て部分に両手を突いた。白いワイシャツの長袖を捲ったところから、細身の割りに筋肉質な腕が覗いている。

私は驚いて、目を上げた。彼の額が触れ合いそうなくらい傍にあるのだ。

「まだ、『光太郎ちゃん』に未練でも残してるのか?」

「……千加ちゃん達、去年2人目が産まれたわ。5年って、そういう時間なの」

人の幸せを羨むことも、誰かの為に生きることも辞めた5年のはずなのに、それでも私は速人との約束に未だに縛られている。


「お前の目、相変わらず猫みたいだな」

「至近距離で色気を振り撒かないで欲しいわ。今、間に合ってるし」

「お前のそういうところ嫌いではないが」

「口が悪いって言いたい?」

「その口から吐き散らす毒、塞ぎたくなる」

「ちょっ、んん……」

速人の唇は、決して優しくないキスを繰り出した。まるで、自分の所有物とでも言わんばかりの乱暴な口付けに、やるせない気持ちが込み上げる。


何なの? 怒り? 男のプライドって奴?


最後には、いつも腹を立てて終わる。……多分、お互いに。
この感情が肉体的なフラストレーションからくるものだとしても、私はそれから目を逸らす。

這い上がれないような落し穴に、自分から落ちるなんて自殺行為だと思うから。
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