純愛は似合わない
母の出生の秘密を速人は知っていたのだ。
私の祖母は友野前会長の秘書を勤めていたという。
前会長には既に家族が居た身の上だ。
それが恋だったのか、肉欲からのものなのか、知るすべも無いが、社会的に許されるものでは無かった。
ことに莫大な富を持つ階級では、血は争いの元になる。
彼が私に執着する意味に、漸く気付いた。
私が欲しいのでは無く、その血が欲しいという事実に怯んだ。
速人は私と『取引き』をして『契約』したいのだ。
酷い人だ。
はじめて出逢った時の速人は、中学生の私に優しかった。
皮肉屋のところもあったけれど冷たいと思ったことなど無かった。
速人が別人のようになってしまったのは、この所為なのか。
「……私に何のメリットがあるの」
心の痛みが増えるにつれ、感情が少しずつ欠けていく。
「そうだな」
私の手を握ったままの速人は、食事する店を決める相談のようにいとも簡単に条件を口にした。
「例えば……僕が保有するモートンホテルの株を全部早紀に譲っても良いが」
……全部って。
それはモートンが経営不振に陥った際、父から買い取った株式のことだ。
「そんな勝手なこと」
「あれは僕の個人的な資産だから、どうとでも出来る」
金持ちは大したことでは無い顔をする。
桁外れの感覚に重い溜息が漏れた。