純愛は似合わない
――この甘く艶のある低い声は、変わらない。
優しくからかう声、呆れるように叱る声、そして……冷たい声。
悔しいことに全てが記憶されている。
私の耳に彼の声は届いていても、もはや内容など入って来やしなかった。
速人は今、友野ソリューション本社の社員に向けて、社長就任の挨拶をしている。
彼の祖父が会長職を退き、その息子である 友野将人(ともの まさと)が会長に選任されたのはつい1ヶ月前のこと。
そこから水面下では色んな動きがあったらしい、と下々の間でも噂は流れていたが、友野ソリューションを虎視眈々と狙う輩を押しのけ社長に就任したのは、結局、友野本家の御曹司だった。
32歳の若さで社長となった速人は、つい数日前に5年間も出向していたアメリカから帰って来たばかりだ。
マイク越しの声が止まったことに気付き、つい、と顔を上げると、就任挨拶を終えた檀上の速人と視線がぶつかった。
これが暑さが見せた幻影だったら良いのに……。
以前と変わらない速人の瞳の鋭さに、口から出そうになった溜息を飲み込む。
そして速人の目を避けるように、私は下を向いてサラリと揺れる黒髪で顔を隠した。
良くも悪くも、私の時間もようやく動き出すのだろうか。