純愛は似合わない
我ながら何してるんだかと思うけど、気になるものは気になるのよ。

自分に言い訳しながら、洗面台の水気を拭きとった。ついでに、洗面台の下にある備品棚からガラス用スプレーを失敬して、曇りぎみの鏡を磨く。

その時、遠慮がちなノック音と「失礼しまーす」という声が聞こえた。声の主はホール担当の寺田君で、振り返る前に鏡越しに目が合った。

彼はギャルソンタイプのエプロンが可愛い、大学生のバイト君。アルバイトは他にも何人かいるけれど、寺田君だけはいつも店にいる。

「……早紀さん、何してるんです? 俺、ヒロさんに頼まれて覗きに来たんですけど」

「ん~、そうじ?」

「何で疑問系なんですか。あの、ヒロさん、早紀さんが席に戻らないから、心配してて」

「やぁね、飲み逃げしたりしないわよ」

綺麗にしたばかりのところで手をそっと洗い、もう一度滴を拭き取る。

自分の仕事に満足して鏡の向こうの寺田君に微笑みかけると、彼は照れたように口元を片手で覆った。

「や、あのっ、そーゆんじゃなくてっ」

「分かってるよ。でも、今日は帰ろうかな。寺田君、会計しておいてくれる?」

バックから諭吉を取り出して、寺田君の胸元辺りに差し出した。

寺田君は見るからに柔らかそうな色素の薄い髪の毛をガシガシかいて「それはマズイです」と眉を下げる。その困った顔が、昔飼っていた犬のコティに良く似ていて、口元が緩んだ。
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