純愛は似合わない
「早紀さんのこと、このまま帰しちゃったら俺、確実にヒロさんに殺されます」

「大袈裟ねぇ」

私は有無を言わさず、寺田君のギャルソンエプロンにお札を捻り込む。そして女子トイレのドアを開けた。

「っとに困りますって。今日、ヒロさん機嫌悪いんですよ」

「月のモノかしら」

「何言ってるんですか。多分、早紀さんのせいですから。さっき早紀さんが連れのお客様と一緒にいた時、ヒロさんの目がこう」

振り向いた私に、寺田君は自分の指で目を吊り上げて見せた。

「あー、目付きが良くないからでしょ。……ほら見てよ」

寺田君の左肩をポンと叩き、離れた場所で年若い女の子達と愛想良く話しをしているヒロを指差す。

「寺田君が心配しなくても、ヒロはお店と女の子で大丈夫。じゃ、またね」

私はにっこりと微笑んで、彼を黙らせた。


街の空気は夜なのに重くて、私の足の歩みも遅い。
もわっとした暑さが体にまとわりつくようだ。クーラーの効いた店の中とは雲泥の差だった。

こちらが本物の8月末の暑さのはずなのに、冷房の中にいるとそのことをうっかり忘れてしまう。
居心地が良くて、それが普通であるかのように思わせる。

……ヒロと同じ。

どんな時でも、甘やかしてくれるヒロの近くは居心地が良い。
彼といると心が緩むのは本当。

今日、光太郎と会うのにヒロの店を選んだのも、彼なら痛い時に助けてくれると思ったからだ。

私の意図に気付いたヒロは、少し辛辣だったけれど。


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