純愛は似合わない
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穂積さんの地元は、都心から電車で40分ほど離れた街。

駅から10分ほど歩き、いかがわしい匂いがしないこともない繁華な通りを横目に通り抜け、少し小洒落た店が立ち並ぶ一角にその店はあった。


この日のヒロはホスト臭いスーツではなく、プリント柄のTシャツの上に紺の麻のジャケットを羽織り、白いイージーパンツを履いて、完全にオフの恰好だ。

私はと言えば仕事帰りのため、無難なグレーのニットワンピースに白い薄手のミニマムなカーディガンを着ている。

4月も終わりの割に、夜の風はどことなく肌寒い。


ヒロは『SLUMBER(スランバー)』と書かれた、控えめな表札のような看板をそっと指で辿った。


「……いいね。穂積さんっぽい」

電車でもずっと無言だったヒロがようやく口を開く。

ドアの前で躊躇するヒロを尻目に、木のドアを開けると、ドアベルがカランと太い音をたてた。

店の中は木曜日のせいか、サラリーマンらしき2人組の男性客と30代前半と思われるカップル、2組だけのようだ。

ヒロの足が店内に入った途端また止まってしまったので、私は1人でカウンターへと向かう。

カウンターの向こう側はコンクリートの壁が広がっていた。その壁には木の棚が作り付けられており、ありとあらゆる酒の瓶が陳列されていて目を惹いた。

目的のその人はカウンター席に背を向けフルーツを切っていた。

「穂積さん」

私が声を掛けると、彼はこちらを向いて軽く目を見開いた。
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