純愛は似合わない
「……お嬢。こんなところまで良く来たな」

「こんばんは、お元気そうで何よりです」

「随分、他人行儀な挨拶するもんだ」

「これでも社会人なんで」

私は未だ入口に突っ立って店の中を観察するヒロに声を掛ける。

「真田千尋君。いつまでそこにいる気よ」

「…ヒロか」

穂積さんはヒロを見て、目を細めた。

「穂積さん……」

彼は入口で頭を下げた。俗にいう最敬礼というやつだ。

「ヒロ、お前が俺に頭を下げる必要は無いんだ。……今日はお前も俺の客。そうだろう?」

ヒロは泣きそうな顔をしながら、ニコリと微笑んだ。




私達は2時間ほど穂積さんのカクテルを楽しみ、お店を後にした。

タクシーで帰ろうという彼に「電車がある時間は電車で帰る、これ常識」と説教を垂れながら2人で来た道を歩く。

歩くの疲れた、なんて文句を言う割に、彼はどこか晴れ晴れしい顔をしていた。

彼の中で何らかの区切りが付いたのなら良いと思う。



「もう少し付き合ってよ、早紀ちゃん」

じゃあここで、と乗り換え駅の改札口で別れようとした私の手を握り、お願いポーズをとるヒロ。

「明日も仕事なんだけど」と言いつつ、ヒロのキラキラ光線に負けた私も、穂積さんのカクテルに心を絆された1人かもしれない。
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