純愛は似合わない
「この間も成瀬さんが社長室出ていった後、すこぶる機嫌悪かったのよ?」

彼女は私のことをどんな風に聞いているのだろう、と今更ながら気になった。

私が黙って小首を傾げると、松中さんは訳知り顔で頷いた。

「今、社長も就任したてで忙しいものね。こうやって時間を作らなくちゃ。あっ、私、公私混同しているなんて思っていないから」

彼女が一体何を言っているのか意味が分らず、やけに薄い封筒の中身を見た。

ペラッと出て来た紙には『今日19時モートンホテルロビー。時間厳守』とだけ書かれている。

「今日は午後から外出する予定なの。本当に今は忙しいけれど、もう少しで落ち着くはずだから」


……あの男は。
まだ電話に出なかったことを根に持ってるんだわ。

こんなものをわざわざ松中さんに頼むなんて。

そして松中さんは、自分のことをキューピットみたいに思っているに違いない。

その紙に言い様もないイライラをぶつけたい気持ちを抑えて、敢えて彼女に微笑んだ。

松中さんは私の笑顔を良い意味と解釈したらしく「社長もロマンチストなところがあるのね」なんて、まるで速人がラブレターでも書いたかのように優しい顔をして呟く。

私にはただの召集令状にしか見えないのだけど、見る人が違うとそうではないらしい。


「喜んで、と伝えて良いわよね?ね?」

……どこぞの居酒屋チェーン店じゃあるまいし、御免だわ。

「了解しました、とお伝えくださいね。松中さん」

眉間に皺の寄った私の顔を見て、彼女は笑い出した。

「ふふふ、社長も可哀想に。それじゃあね」


彼女の頭の中では、何かとてつもなくロマンティックな出来事に変換されているようで。

小さく笑う松中さんを止める術もなく、その後姿を見送った。
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