純愛は似合わない
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時間厳守と言った人間に待たされることほど、腹立たしいことはない。

既に約束の時間から30分ほど過ぎていたが、新聞すら読む気にもなれず、ロビーのソファに座ってシャンデリアのクリスタルの数を数えていた。

そうでもしないと、覆面調査員のようにこのホテルのリサーチをし始めかねない自分に気付いたからだ。


――このホテルと生きていくつもりだった。


決して大袈裟ではなく、昔の私はそう思っていた。父の片腕になるのだ、と。

高校時代から身分を隠し、モートンホテルでアルバイトをし始めた。ここのホテルでも、高3の夏休みに客室係をした記憶がある。


子供の頃、父が家に不在がちなことが不満だった私は、その不満を母にぶつけたことがあった。
母は少し淋しそうに笑って、私を慰めた。

「パパとママはホテルで出会ったのよ。だから、ホテルで頑張って働いているパパが好きなの」

今思えば、その頃の父はホテルを大きくしようと必死になっていたのだろう。何かに追われるかのように、ひたすら前へ進もうとしていたのだ。

だから母が亡くなった時、脱け殻のようになってしまった父を見るのが辛かった。
いつも走っていた人の脚がパタリと止まってしまうのを、何とか歩ませたかった。

父はそんな私をどう感じていたのか、または、何も感じていなかったのか。


今となっては、どうでも良いことになってしまった。

私がこのホテルで働くことも無ければ、関わることもない。

それが父の本意なのだから。

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