純愛は似合わない
「そんなところで待ち合わせたら夕飯どころじゃなくなる」

「私、そんなに飲まないけど」

速人はくっきりとした二重まぶたの目を少し細めて私の顔を見下ろした。

「……お前じゃない」

ボソッと呟くと、私の腕を引いたままエレベーターに乗り込んだ。

速人の言葉の意味にクエスチョンマークが浮かんだものの、彼に捕まれている右肘のせいで気もそぞろになってしまう。

エレベーターが動いても彼は腕を離そうとせず、私の肘の内側の敏感な部分を親指でそっとなぞるのだ。

私の体もそんなに頑丈に出来ている訳ではない。触れられればピクリともするし、撫でられれば肌も粟立つ。

速人の瞳は、そんな私の小さな反応も見逃さまいとしているように見えた。

「ここで逃げたりしないから。手、離してくれない?」

私は速人の目を見据えたまま、自分の腕を取り戻そうとした。彼に触られたままでは、腕はもとより体の感覚がおぼつかない。

速人の香りが漂うくらいの近さに身を置くと、彼のテリトリーに入ったように感じてしまう。でも、そう感じる自分が嫌でたまらない。

「断る。そこまでお前のこと信用してない」

私の気持ちなど意に介さない男なのだ。相変わらず。

「じゃあ、その指止めて。今日は私が貴方の指、噛みちぎるわよ」


速人は私の威嚇を鼻で笑うだけで、予約した日本料理の店に着くまでその手を離すことは無かった。

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