純愛は似合わない
「瀬戸課長、婚約者の首がすげ替わったのも分っているのよね、やっぱり」

分っていて誘惑の言葉を吐く瀬戸課長は、ユーモアセンスか道徳心に問題有だ。

「あいつは……悪趣味なところが、いや、いい。適当にあしらっておけよ」


速人は言葉を切って、ふぅと溜息を吐く。心なしか疲労の色が見えるような気がする。

「……随分お疲れなのね」

「ここのところハードスケジュールだからな」

松中さんも時差ボケしている暇がないほど忙しいと言っていた。
社長就任とはそんなものなのだろうか?友野ソリューション自体、何の曇りもない会社なのに。

「こうなるのも、覚悟の上で戻って来たんだ。同情は必要ない」

「同情なんてしないわ」

「そうか? お前はそういうのに弱いからな」

速人は嘲笑を浮かべた。

「それ、どういう意味よ」

「いつも強気なくせに、すぐ他人に同情して肩入れする」

「知った風に言わないで。何も分かってないくせに」

確かに社長になるのは大変なのか、とは思った。
でも、そんなズケズケと嫌な言い方をされることなのだろうか。ごく普通に感じることでは無いのか。

「……いい加減、自分のことだけ考えて生きろ」

「それを、貴方が言う? 友野に入れって言ったのは貴方じゃない。それが約束だったから私は」

「僕を言い訳にするなよ」

約束に流されたお前が悪い、と言わんばかりの速人を思い切り罵りそうになったその時、襖の向こうから仲居さんの「失礼いたします」という甲高い声が響いた。

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