純愛は似合わない
「こういうの正直よく分んないけどさ、盗られたくないと思ってる。……この痕を付けた相手に」

彼が首の幾らか後ろ部分をすうっと撫でたので、そこにも速人の付けた印が残っているのだと自覚した。


今までヒロにとって、恋愛感情は邪魔なもののはずだった。
『体は抱いても心は抱かないのが信条』だと豪語し、いつも斜に構えて笑っていたのに。


「……独占欲って奴なのかな」


ヒロは不意に自分の腕の中へ私を閉じ込めた。

「勝手に1人で盛り上がんないで」

私は腕で彼の胸を押して、抱きすくめられた体に隙間を作った。

「だから。俺にもチャンス頂戴って言ってるの。……大体さ、早紀ちゃんは無防備過ぎるよ。そんな顔して俺を部屋に通すんだから」

ヒロは何も塗っていないこの唇を、指でゆっくりと縁取った。

「俺のことも今から男だって認識して」

私が死守しようとしたお互いの胸の距離を、ヒロはいとも簡単に詰めてきた。

男の力で。


「俺を利用して構わない。友情でも愛情でもごちゃ混ぜにして構わないから」


この私が。
言葉に詰まった。

耳元で甘く切なく囁く声に彼の本気を感じ、戸惑いとほろ苦い感情がうねる。

それは彼の腕がほどけるまで続いた。


「今日は早紀節が不調みたいだから帰るわ」

ヒロは私の頭の天辺に軽いキスをひとつ落とし、ソファから立ち上がる。

そして仇っぽい笑みを漏らし「帳簿は来週末位までにヨロシクね」と宣った。

未だ言葉を失ったままの私を残して。
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