純愛は似合わない

私を婚約者に仕立てあげる必要なんてあったのか。

公私のパートナーとして欲しているから、彼女を連れて行ったのではないか。

誰かに反対されているのか、それとも速人自体が何か躊躇する原因があったのか。

心の中に疑問が浮かんでは消える。

さり気なく美好さんに聞いてみようかと思ったこともあった。でも、それも取り繕うことの出来ないボロが出そうで、出来なかった。


届かない距離にいる相手のことを、ましてや仮初めの婚約者が……仕方がない。

久しぶりに速人と会う頃には、そんな風に考えるようになっていた。



そして速人が帰って来た日。

遅くなるからとメールを貰い、先に速人のマンションへ行った時のことだ。

何も無い筈の玄関に黒いハイヒールが1足、存在感を示すように脱ぎ捨てられていた。

光太郎と千加ちゃんの情事を見付けた時のように、胸がざわめく。


速人からメールを貰った時、彼はまだ社長室で自分の父と話しをしていたはず。確かにそう書いてあった。


そっとドアを開け、リビングに入っても人の影は見付からない。

もしかして、と思いながら足は勝手に速人の寝室の扉へ向かった。


彼女は、いた。
速人のベッドで。彼の帰りを待っていた。
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