純愛は似合わない





「もう少しマシな案を思い付かなかったの? 早紀ちゃん」

私達は『メルカト』に来ていた。

金曜の夜にお店へ戻らないなんて寺田君があまりに不憫だし、かと言ってこのまま2人で消えてしまったら瀬戸課長に誤解を与えて、余計にややこしいことになる。

「ヒロは譲歩を有難く受け入れるべきよ」

私と瀬戸課長はビールを注文する。
勿論、私達のテーブルに持ってくるのはヒロの役目だ。

ヒロは、呪詛のように文句を垂れながら、ビールを取りに行った。

「ここは、彼の店なんだね」

瀬戸課長は店を見回す。


店内はいつものように混雑していたが、今日はバイトを増やしたらしく、ヒロが居なくてもそれなりに店は回っていたようだ。

でもヒロの姿を見た途端、常連客達は親しげに彼に話し掛ける。

愛想よく振る舞う彼は、中々厨房まで辿り着けないだろう。


「すみません。あの様子じゃ、当分ビール飲めないかも」

「いいよ。飲もうって言ったのは口実だから」

瀬戸課長の口元に、貴公子然とした微笑みが浮かぶ。皆が普段騙されている方の笑みだ。

私にそんな顔をするなんて、やはり気遣われているのだろうか。

「……今日の懇親会だけど」

「はい」

「成瀬さんは……平気なのかな?」

「は?」 

私に何を言わせたのか。

泣きたいのを我慢しているとでも?

「敷島紫のこと」

「やっぱり」

瀬戸課長は向かい側の席で首を捻る。

「瀬戸課長は悪趣味ですよね」

< 93 / 120 >

この作品をシェア

pagetop