純愛は似合わない
「もう少しマシな案を思い付かなかったの? 早紀ちゃん」
私達は『メルカト』に来ていた。
金曜の夜にお店へ戻らないなんて寺田君があまりに不憫だし、かと言ってこのまま2人で消えてしまったら瀬戸課長に誤解を与えて、余計にややこしいことになる。
「ヒロは譲歩を有難く受け入れるべきよ」
私と瀬戸課長はビールを注文する。
勿論、私達のテーブルに持ってくるのはヒロの役目だ。
ヒロは、呪詛のように文句を垂れながら、ビールを取りに行った。
「ここは、彼の店なんだね」
瀬戸課長は店を見回す。
店内はいつものように混雑していたが、今日はバイトを増やしたらしく、ヒロが居なくてもそれなりに店は回っていたようだ。
でもヒロの姿を見た途端、常連客達は親しげに彼に話し掛ける。
愛想よく振る舞う彼は、中々厨房まで辿り着けないだろう。
「すみません。あの様子じゃ、当分ビール飲めないかも」
「いいよ。飲もうって言ったのは口実だから」
瀬戸課長の口元に、貴公子然とした微笑みが浮かぶ。皆が普段騙されている方の笑みだ。
私にそんな顔をするなんて、やはり気遣われているのだろうか。
「……今日の懇親会だけど」
「はい」
「成瀬さんは……平気なのかな?」
「は?」
私に何を言わせたのか。
泣きたいのを我慢しているとでも?
「敷島紫のこと」
「やっぱり」
瀬戸課長は向かい側の席で首を捻る。
「瀬戸課長は悪趣味ですよね」