純愛は似合わない
「はい、お疲れ様ー」とヒロは勝手にビールグラスを掲げ、喉を鳴らして一気に飲み干した。

「何、その飲み方」

私は思わず顔をしかめる。

彼も確かにアルコールに強い男だが、仕事をする気は無いのだろうか。

「早紀ちゃんあのね、俺の格好見てよ。俺は今日、休みな訳。今日休む為に先週頑張ったの。誉めて欲しいもんだよ」

私の態度が勘に障ったのか、ヒロは諭すように話し出す。

確かに本人が言う通り、いつも店に出る時には必ず身に付けているカマータイプのエプロンもタイも外してはいるのだが。

だが、彼の顔自体が店の顔なのだ。


「誉めるって、ヒロの店じゃないの。皆、あんたの顔見たら休みだなんて思わないわよ」

ヒロに呆れながらビールに口を付けた。

「だから、この選択肢は嫌だったんだ。でもうちの店に来ないと、寺田に迷惑かけたってずっと早紀ちゃん怒るだろうしさ。課長さんと消えられたら癪に障るし……ああ、課長さんも飲みなよ、ビールの泡がさめちゃうから」

私達の会話を興味深く聞いていたらしい瀬戸課長は、突然話を振られ慌ててビールを流し込む。

「あれ。すごく……美味い」

そのビールの味に瀬戸課長は、感嘆の声をあげた。

ヒロはその言葉に少し気を良くしたようで、初めて瀬戸課長に対して邪気の無い笑顔を向けた。
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