箱舟に乗せた想い
「さよなら」
 私は、時計が仕舞われた宝箱を、そっと川に流した。
 時計も、宝箱も、どちらも小さい頃の物だから、高価なものなんかじゃなく、おもちゃみたいな物だけど……だからこそ、あれはきっと、沈まないだろう。
 雨が降って、水量が増えて、水の中に埋もれてしまっても、きっとどちらも、壊れはしないだろう。
 あの宝箱は、大昔の偉大な彼が作ったもののように、大きく立派なものなんかじゃないけれど。それでも、時計を守る為、舟の役割くらいは担ってくれるだろう。
 あの時計は、大昔の偉大な彼のように、美しい時間だけを刻んだものじゃないけれど。それでも、誰にも捉われず自由で美しい時間だけを、これから先刻む事が出来るだろう。
 きっとどちらも、壊れはしない。
 私の知らない遥か彼方の岸に、漂着するだろう。


 一年と三十五日前の今日、私は大切な人を失った。
 この河原は、二人の思い出の場所で。
 この時間に、私はあの時計を貰った。


 ――――これ、やるよ。
 ――――いいの?
 ――――うん、やる。
 ――――ありがとう。


 小さな頃に、そう言ったあの人は。


 ――――二人がずっと、同じ時間を過ごせるといいな。この時計が二人の時間を、ずっと刻んでくれたらいいな。


 大きくなって、そう言った。
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