豹変彼氏~ドラマティックに愛されて~


夜十時。以前襲われそうになったときのことを思い出して、光恵は無意識に足をはやめる。


小走りで稽古場にたどり着き、扉を開くと、大きな鏡の前で転がっている人が目に飛び込んできた。


「あ……」
光恵は思わず声を出す。


その声で、孝志は身体を起こして、振り返った。
「ミツ」


光恵はごくりと唾を飲みこむ。どこよりも集中できない環境になってしまった。


「まだ、いたんだ」
光恵は平静を装って、そう話しかける。


「うん、家に帰りたくなくて」
「キットカットがあるから?」


光恵は思わず、そう軽口をたたいた。
孝志の顔に笑みが広がる。「いや、キットカットはいつも持ってる」


「ほんと?」
「ああ、ポケットに。今日はもう食べちゃったけど」
「それでよく、その体型を維持してるね」
「自分がぎりぎりに追いつめられてるって思ったら、ひとつだけ食べるんだ。なんていうか、俺の避難所」


光恵は孝志の隣に座った。


今日はもう、食べちゃったんだ。きっと、あの時に。

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