豹変彼氏~ドラマティックに愛されて~
本読みの後、解散となった。
光恵はとにかく早くこの場を離れたかった。なぜだかわからないけれど、孝志から逃げたくて仕方がない。
鞄に台本をしまうと、孝志を視界に入れないように席を立つ。
「バイトが入ってるんで、もう失礼してもいいでしょうか?」
光恵は三池に訊ねた。
「ああ、いいよ。これからどんどん、ミツの仕事が増えてくると思うから、頑張ろうな」
「はい」
「じゃあ、明日。朝九時からだから」
「わかりました」
光恵は鞄を肩にかけ、稽古場の扉へと急いだ。
「ミツ」
後ろから声がかかった。
光恵はびくっと立ち止まる。振り向くと孝志が、こちらへ歩いてくるところだった。
「久しぶり」
孝志は笑顔で光恵に話しかけた。
「そうね」
光恵は感情を押し殺して、そう答える。
「ちゃんとキープできてるじゃない」
「うん」
「……なんだか、違う人になっちゃったみたい」
「大げさだな」
孝志が笑う。
「いい本だね」
「ありがとう」
「ゆうみのために、書き直してくれたんだって?」
孝志が『ゆうみ』と名前を口にすると、光恵の動悸が早まった。
「うん」
光恵は視線をそらし、頷いた。とても孝志の顔を見られない。
孝志の気配を側に感じる。
最後のキスを思い出した。
「ミツの本で舞台に戻れて、うれしいよ。またよろしく」
「うん」
光恵はそういうと、無理に笑顔を作り「またね」と声をかけた。
稽古場の外に出ると、冷たいながらも春の訪れを感じさせる風の香り。夕方近くの空が、住宅の間から見えた。
彼は同期で友人だが、もうそのどちらでもない気がした。
別人。
光恵は唇を噛み締めながら、足早に駅へと向かった。