てのひらの温度
Sec.2 旅の始まり
「ウタって名前変わってんね」
「そっちこそ」
走り出したはいいけれど、電車はまだのろのろ走行だ。数回お詫びのアナウンスが流れる。
私がぼうっとゆるりと進む風景に目を遣っていると、少年は携帯の画面を見せてきた。
「これ。こう書くの、俺の名前」
「へぇー。紺色の紺なんだ」
樋坂紺。そう表示されている。私もその下に自分の名前を打ってから彼に返した。
「これでウタって読むんだ!見たことない漢字」
「ふーん」
電車はだんだんと速度を上げ、暫くすると通常通りのスピードになった。ささやかな揺れが眠りを誘う。旅の支度で精一杯でまともに寝ていないんだ、無理もない。一度の瞬きが長くなる。瞼が重くなってくる。身体がぽかぽかとしてきて、とろりとする。
「オネーサンじゃなんだしさ、ウタって呼んでいい?」
「いいよ、なんでも。ちょっと寝るから終点で起こして」
「はいはーい」