てのひらの温度

「でも例えばさ」

「なに」

「俺が家庭に恵まれてなくて親とも不仲で上手くいってなかったら、同情を買うんだろうなあ、と思ってさ」

「そうね」


理由は時に行動を美化する。それには非常に共感だ。

もしかしたら私も、腕の立つ小説家にかかれば、読者の涙を誘うような悲劇の主人公になるのかもしれない。そんなの御免だけどね。


「俺の親って再婚なんだ」


バスがゆるやかに停止した。最初の停車地点らしい。紺はいつだって突然の発言をする。


「信じる?」

「どうだろうね」

「父親が実の親で、母親は継母。ハラチガイの妹がいる」

「ふーん。うまくいってないの」


白髪を生やした老夫婦と首からカメラを提げた青年が乗ってくる。水商売でもしてそうな露出の多い派手な女が続いた。


「いや、気味が悪いくらいうまくいってるよ。継母だけどホントの母親だと思ってるし」


ゆっくりとドアが閉まり、バスは再び動き始めた。老夫婦が物静かに会話をしているだけで、後は物音ひとつしない。
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