てのひらの温度

「ウタ」


ぽうっとしてる間に紺が傍にやってきた。額に冷や汗が滲んではいるが、冷静さは欠いていないようだ。


「どうすんの、あれ」

「どうすんの、って言われても」


男は女性を離さないまま、店の真ん中で立ち尽くしているだけ。よくよく見れば二人とも同じ浴衣を身に纏っている。どこかの旅館からやってきたのか。

店内は冷房ががんがん効いているのに、男は滝のような汗をかいている。

店員も客も、誰もがその場に張り付いたように動かず、何ひとつ出来なかった。


「ドアは開くんだから、さっさと出ようよ」


しかし、私はさらりと言うとドアに向かって足を進めた。自分で感心してしまうほどに、私は冷静だった。

拳銃を持っている訳じゃない。薄っぺらい浴衣の下に、別の武器があるとも思えない。だから逃げ出そうとしたところで傷を負う心配は無用だろう。万が一あのオヤジが高校時代コントロール抜群のエースピッチャーだったとして、私にその果物ナイフを投げ付けたとしても、この距離なら逃げ切れる。僅か数メートル。外に出てしまえばこっちのものだ。


「お、おい」


ぶるぶるに震えた怒鳴り声が背中越しに聞こえた。けだるく振り返る。


「勝手な行動をするなっ」


サスペンスやらミステリーやらで軽く一万回は使われた台詞だ。罪を犯す人は同じような言葉を口にする。マニュアルでもあるんじゃないかと疑いたくなる。
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