てのひらの温度
「ふぅん、いいんじゃない。よし、今夜はあそこに泊まる」
「ウタって見てて気持ちいいよね。ちょー豪快」
「うじうじするの嫌いなの」
そう、嫌いなんだ。決断できない、思ったことが言えない、そんなうじうじするのは嫌い。だけど、あなたといた頃の私には少しそういうところがあって、それは私には珍しいことで、ああ恋をしているんだと、感じたりもした。
理由はわからない。この旅の道中に幾度もあなたを思い出しているのは、なぜ。戻ってきてほしいとは思わないのに、どうして。
古風な暖簾をくぐり引き戸を開ける。誰もいない。旅館なのでフロントらしきものもないし、さてどうしようか。
「誰もいないね」
「ちょっと呼んでみて」
「なんで俺」
「若いでしょ、いいから早く」
「すみませーん」
若いっつってもあんまり変わんないじゃんか。と文句を言いながらも、紺は大声を出した。
暫くして、奥から中年の女性がぱたぱたと駆けてきた。清楚にくすんだ桃色の着物がよく似合っている。
「ようこそおいでくださいました。わたくし、旅館『初根』の女将でございます。失礼ですが、お客様、ご予約はされていらっしゃいますでしょうか?」
「すみません、予約はしていないのですが、今夜泊めていただくことは可能ですか?」
真夏や真冬じゃあるまいし、最悪野宿でも構わない。ネットカフェだっていい。お金が尽きればそうするつもりだ。