てのひらの温度
「どうしてちゃんとできないのよ。どうして私を困らせるの?私が悪いの?」
チガウノ。ワタシガ、ワルイ。ワタシガワルイ。
夜には魔物が棲んでいる。叱られた日の夜は、彼女が私に魔物を呼びよせる。苦しい、苦しい、苦しい。
彼女が泣くことが怖かった。夜中にひとりでトイレに行くよりも、大きな犬に吠えられるよりも、彼女が泣くことが何より怖かった。彼女の涙がつれてくる、あのどうしようもない息苦しさを思い出すと怖くてしかたない。
夜の魔物は圧倒的に強くて、私を捕らえて離さない。逃げられない。
だから、息苦しい夜は布団に潜り込んでただじっと朝を待つ。いつしか口を毛布に押し付けると少し楽になることを覚えた。
ただ、じっと。彼女の涙によって私は動かなくなる、人形みたいに。