てのひらの温度
そして考える。
ガラスのコップを割らないためにはどうしたらいいの。…もうガラスのコップを使わなければいい。
白いパーカーを泥で汚さないためにはどうしたらいいの。…もう泥遊びをしなければいい。
蛇口に泡をつけないためにはどうしたらいいの。…手を洗わなければいい。でも、外に行ったら手を洗わなくちゃいけないから、だから、外に行かなければいい。
ピアノを上手に弾くためにはどうしたらいいの。…練習すれば、きっと上手になるはず。できるだけ隠れて練習すればいい。
私は夜の魔物がこないように、彼女の涙を避けるために、次第に動かなくなる。
外には行かずに、部屋にこもり、彼女の納得いく“水芦咏”を必死でつくる。
歳をとるにつれて、夜の魔物がやってくる回数は減った。それなのに、今度は日常的にささやかな苦しさが続くようになった。布団にこもる程ではない。だけど、いつもほんの僅か、酸素が足りない。
マダ、ワタシハワルイコナノ。
ワタシハ、ウマレテキテヨカッタコニハナレナイノ。
私はわからなくなってしまった。私が本当はどういう人間なのか。何をしたいのか。
私はわからない。
私は、生きているのか。