てのひらの温度
「物心ついたときから母親はいなくて、“お母さん”なんてさ、一回も言ったことなかったから、照れ臭かっただけなんだ。それに正式に母親になる前から会ってて、ずっと“優文さん”って呼んでたから、途中で呼び方変えるのもタイミング掴めなかった。母親ってどういうもんかわからなかったけど、本当の母親みたいに思ってたのに。別に呼び方なんてどうでもいいって、だから梓が“ママ”って呼び始めても、俺はずっと呼んでた」
紺の話はところどころ解りにくい。時折主語や目的語が抜けるうえに、話も順序だてられていない。
けれど、不思議と聞きたくないとは思わなかった。むしろ、逆だ。
「梓が生まれて、親父も優文さんも俺に遠慮がちっていうか、後ろめたそうっていうか。でも、二人がそう思うのはなんとなくわかるし。俺も戸籍上は子どもだけど、れっきとした二人の子どもができて、俺に申し訳ない気持ちがあるんだろうなって。そういうのわかってたから梓も俺なりに可愛がった。ちょっと気まずい空気も、二人の気遣いもそのうちなくなるだろって」
紺に目をやると、のっぺらな表情で淡々と話をしていた。感情が無の何もない顔。