てのひらの温度
「…死ぬなよ」
不意に声がして、それは夜になった瞬間だったから、夜の声ではないかと思ったくらいの一瞬のタイミングで。
しかし頭のてっぺんの方を見上げると、そこにいたのは紺だった。
「なに、死ぬなって」
「今死にたいって思ってただろ」
「思ってない」
「嘘だ」
さらさらと波打つ海は空の色を映して黒く染まってゆく。波の先端だけが白く泡立って、海はミルクレープのように幾重に重なる縞模様をつくっている。
私が何も返さないでいると、紺は黙って隣に胡座をかいた。
空の真ん中にぽっかり浮かんだ月は、大きくひとかじりしたような薄い形をしている。月は海に映り、そちらはゆらゆら揺れる水面のせいで形がおぼつかない。
海は、嫌になったりしないのだろうか。いつもいつも頭上に空があって空に染められてしまうことに。
「なんでここにいるってわかったの」
「探したから。でも海近いって知ってなんかピンときた」
紺の声も潮を含んで風に溶ける。
私は矛盾している。昨日思ったことと今日思ったことはツジツマが合わなかったり、それは一秒先ですらそのようであったり、それなのにつながってもいて、もう訳がわからない。