てのひらの温度
波の上にゆらゆらと定まらない月を眺めながら、ああさっきの私は死にたかったんだ、強烈に死にたくて死にたくて死にたくて堪らなかったんだ、と気付いてしまった。
死ぬ瞬間に私は過去の私と切り離されるのだろうし、心臓の止まるほんの僅か前に鼓動を強く想うのだろう。
死にたくて死にたくて死にたかった。
なにからも取り払われるにはそれしかない。
「俺さ、」
浮かんだ潮風が砂を舞い上がらせる。月の光を受けた砂はダイヤモンドダストのようにきらめく。
「ウタが言ってくれたこと、うれしかったんだ」
紺は静かに言った。今は紺がそこにいると確かに強く感じることができる。ふれてもいないのに体温があることが空気の重さでわかる。
「なんのこと」
私は紺を励ますような言葉を言った覚えはない。数時間前だってただ私は聞いていただけで何も言っていない。
「今日バスの中で、ウタ言ったじゃん。血縁なんてたいしたことない、細胞は毎秒生まれ変わるんだから、俺の身体に流れる血は全部俺のものだって」
本当にうれしかったんだ、じゃなかったらウタにあんな話しない。紺はそう続けた。夕闇を切り裂く声だった。