消える前に……
俺が電車のドアを過ぎると
すぐに音が鳴った。
プシュー。
電車のドアが閉まり、
少しづつ動きだした。
俺は振り向けなかった。
ドアの窓の向こうには、
誰よりもか弱く、
誰よりも傷ついた人がいるのが
わかっていたから。
誰よりも愛おしい人がいるのが
わかっていたから。
電車が駅を出ようとする時に、
俺は窓に手をあてて、
駅のホームのほうを見た。
綾はしゃがみこんで
頭を腕に沈めて
小さくなっていた。
ごめん……。
もう謝ることもできないけど。
ありがとう…。
もう二度と言えない、
俺の気持ち……。
俺は電車の椅子に座り、
俯いた。
足元に置いた鞄が
妙に重く、
俺の足にもたれかかっていた。