【完】軒下
軒下
 降りしきる雨は激しさを増すばかり、この季節の憂鬱さに私は一人、駅から自宅までの道を歩いていた。この天気では好き好んで外出する人もいる筈なく、街灯の散乱した光も霞んでいる程で。一言で言えば、不気味な帰り道。

 もう十分慣れた筈なのに知らない場所のようなこの道を只管歩いていると、この寂れた田舎町に似つかわしい、正面に田圃を据えた、こじんまりとした商店、既にシャッターの降りたその軒下に、人影を見た。一瞬恐怖に身を竦めるも、直ぐに誰だか分かる。


「……たっちゃん、久し振り」


 ジュースの自動販売機の明かりを仄かに受けながら、彼は私の声に応えて此方を向く。


「その呼び方やめろっつったろ、楠谷」


 昔のように名前では呼んでくれない幼馴染に、ごめんごめん、と苦笑交じりに謝って、私は傘を畳んだ。怪訝そうに此方を見る彼の顔を打見して、少し距離を開けて隣に並ぶ。

 彼は何も尋ねない。雨音に包まれた空間で、遠くにぼやけた光に焦点を預け、私はただ息を吸って吐いてを繰り返した。

 蒸した空気は既に夏のそれを思わせて、遠い日の記憶を緩く手繰り寄せる。喉の奥を焼く緊張は、今更に感じたもの。何も考えずに声を掛けてしまったけれど、中学校を卒業してから、まだ私と彼とは一言も喋っていないし、そもそも会うのも初めてで。

 あれは確か、小学校五年生の、梅雨のある日。
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