アメット
プロローグ
広い大地を覆う薄茶色のベールに、左右に揺れる人間の影が映り込む。
その影の持ち主は頭でっかちの小太りという、不健康の代名詞そのもの。
しかしその姿形は影の持ち主の正しい体型を表したものではなく、生身の肉体の表面を覆う人工物を表現したものであった。
「……くそ」
影の主が愚痴る。
その声音はこの者が若々しい男という情報を与えてくれ、尚且つ機嫌が優れないことを教えてくれた。
それに続くかたちで彼の響くのは、密閉した空間での呼吸音。
現在、男は「防護服」と呼ばれる動き辛い服を纏い、生物が生き難い世界で作業を行なっている。
防護服の科学力の粋を集めて作られた物で、尚且つ人工的に生み出している酸素が行き渡っているので生存に何ら問題がないのだが、気分が優れることはなくどちらかといえば重い。
男の気分が優れない原因のひとつが、周囲の状況。
最新の気象データでは「今日の天候は快晴」といっていたが、分厚い薄茶色のベールによって全てが遮られ、男の目に青空が映ることはない。
そして、視界は良好――というわけではなく、寧ろ最悪という言葉が似合う。
男は防護服に取り付けられていた測定器を起動させ、現在の大気の状況を確認するが結果は良いものではなく、それどころか人間の努力を嘲笑うかのように数値は毎回同じだった。
だが、これに関しては最初からわかっていたことなのか、男は冷静に受け止め報告を行なう。
「大気の濃度は、全く変化はありません。どうやら、例の方法では除去に至らなかったのでしょう。ただ、前と違い悪化しなかったことはせめてもの救いといっていいかもしれません」
『……そうか』
「引き続き濃度の観測と、植物の採取を行ないます。これにより、何かわかればいいのですが……」
『頼む』
「了解」
耳元で鳴る「ブツ」という遮断音。
その音に男は盛大な溜息を付くと目の前が白く変化しだすが、それは一瞬の出来事。
すぐに薄茶色の世界が広がり、自分が今何処にいるのか理解する。
薄茶色のベールと同等の色を持つ大地を一歩一歩踏み締めるように、男は歩を進めて行く。
先程の報告時に相手に言ったように、現在男は植物を探していた。
幸い採取すべき植物は簡単に発見することができ、男は植物の前にしゃがみ込むと用意していた道具を持ち入り、植物の葉や枝を採取していく。
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