アメット

 と、あれこれと理想を語るが、それに当て嵌まる人物はなかなか見付からない。

 息子の話にグレイは「理想の相手が見付かれば、一緒になるのか?」と尋ねると、シオンは曖昧な言い方を繰り返す。

 その言い方にグレイは、今は仕事に集中したいのだと息子の心を読み取る。

 しかし年齢が年齢なので、そろそろ特定の誰かを決めて欲しいというのが本音だ。

 だからといって無理強いするわけにはいかないので、シオンに好意を示す相手を見付けて欲しい。

 こればかりは権力は使うことができないので息子に任せているが、やきもきだけが続く。

「話しは、変わるけど……」

「何だ」

「最下層に行った」

「仕事か?」

「そう」

「噂通りか?」

「階層全体は、確かに汚かった。だけど、暮らしている住人は……A階級の人間の方が……」

 シオンの話に、グレイは何も言うことはなかった。

 ただ静かに息子の話を聞き、時折頷き返す。

 統治者の耳に、最下層の状況が届くことはない。

 耳に届くのはそれ以外の階層の状況で、完全に最下層は切り離されているといっていい。

 だからグレイにとって最下層は、未知の階層に等しい。

「最下層は、何故――」

「切り離しか?」

「そう、まるで……」

「閉鎖した空間に暮らしていれば、不平不満が蓄積してしまう。だから、何処かがそれを背負わないといけない」

「その役割が、最下層」

「本来であったら、そのような役割を作ってはいけない。だから早く、ドームの外へ出なければ……」

 父親の話にシオンは、どうして父親がプロジェクトの成功を願っているのか、なんとなくだが理由を知ったような気がした。

 本当は統治者として人類が平和で、不自由なく生活して欲しいと考えているが、階級制度が縛り付けている今、人類全てが同じように生きてはいけない。

 いや、それ以前に自分は最下層の存在を知らず、それ以上に知ろうとしなかったと話す。

 グレイは溜息を付いた後、息子にもっと詳しく最下層の話を話してほしいと頼む。

 これも統治者としての役割で、知らないことはあってはいけない。

 また目を背けたら、彼等と一緒だ。


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