アメット

 そのことからアイザックが学習したことは、この世の中に冗談を言っていい相手とそうでない相手がいるということ。

 何があったのか話すことはせず、ただ苦渋に満ちた表情を浮かべているアイザックの姿から、友人がどのような目に遭ったのか、シオンは何となく理解する。

「……覚えておく」

「それがいいよ」

「で、そいつは?」

「辞めた」

「どうして?」

「体力の問題らしい」

 確かに、その理由はわからなくもない。

 連日の激務に体力が追い付かず、徹夜も多い。

 特に下っ端はプライベートの時間を殆ど持てず、下手すれば上の者に仕事を押し付けられ、時に尻拭いもさせられる。

 その者はそれに耐えられなかったのだろう、これも選択のひとつといっていい。

「……なるほど」

「嫌いじゃなかった」

「アイの話を聞いていると、そう思うよ。本当に嫌っているのなら、こういう話はしないし」

 シオンの言い方が余程嬉しかったのだろう、アイザックの口許が緩んでいく。

 しかしその表情は徐々に崩れ出し、苦手なモノでも目撃してしまったのか、顔が引き攣っていく。

 アイザックの表情の変化にシオンは、彼が視線を向けていた方向に視線を移すと、渋い表情を作る。

 彼等が目撃したのは、階級が上の科学者。

 その人物は口煩いイメージはないが、だからといって下の階級の者に心優しいというわけではない。

 どちらかといえば苦手といっていい人物の登場に、シオンとアイザックは反射的に視線を逸らすと、上手くやり過ごそうと試みる。

 不可思議な態度を取り続けているシオンとアイザックに、相手は一度二人に視線を合わせるが、何も言うことはないのだろう、無言のまま彼等の前を通り過ぎていく。

 二人は視線だけで相手の動きを確認し廊下の角を曲がったことがわかると、安堵の溜息を付いていた。

「早いね」

「統治者の変更の影響とか?」

 アイザックの発言に、シオンは納得する。

 グレイは浄化プロジェクトの成功を願い続け、それに葉っぱを掛けている。

 それが上の者にも伝わったのだろう、早い時間に出勤し仕事に勤しむ。

 だが、それは表面上のことで、内心では統治者に目を付けられたくないというのが本音かもしれない。


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