アメット
「あ、悪魔」
「悪魔?」
「普通、手を――」
と言いかけるが、火傷した喉が痛むのだろう最後まで言葉が発せられることはなかった。
彼が言う「悪魔」という単語に、シオンとアイザックは互いの顔を見合わせ同時に嘆息する。
彼等にしてみれば、手を差し伸べるのを断ったのは相手側。
小汚いプライドを捨て懇願すれば、今の時間医務室で手当てを受けていただろう。
しかし彼等はそれを口に出さず、何度も付く溜息で教える。
手を差し伸べてくれないことに苛立ちを覚えたのか、相手は捨て台詞を残し立ち去ろうとする。
だが、声音が擦れていたので上手く聞き取れない。
それどころか捨て台詞が止めを刺す原因となってしまったのか、廊下に彼の悲痛な呻き声が響き同僚達から見舞いの言葉を掛けられる。
「自分勝手だね」
「同感」
「で、仕返しはあるかな?」
「あるかな」
「あいつのことだ、上の人間に泣きつくんじゃないかな。ありもしないことを言って、同情を誘って」
「……面倒だ」
「そうやって、上の人間に取り入っているんだよ。僕は真似できない芸当だけど……褒めてはいないよ」
「真似したくないし、真似しようとも思わない。階級社会の今、あいつのやり方が正しいのだろうけど……」
より良い生活を送りたいというのなら、上の者に逆らわない方がいい。
と、誰かが言っていたことをシオンは思い出す。
だからといって気に入らない相手におべっかを使うほど器用に生きている方ではなく、その者に笑顔を作れるほど利口ではないとアイザックに言う。
シオンの発言にアイザックはクスっと笑うと、階級が上の人物におべっかを使ったことがあると話す。
それはあくまでも一回程度の話で、使った後何か大事なモノを失ったという。
それこそが、アイザックが持つプライドだろう。
それ以降、相手の階級が上であったとしてもおべっかを使うことはなくなったという。
結果として出世に程遠い位置に追いやられてしまったが、これはこれで楽になったという。
それに追いやられたといっても好きな研究が続けられ給料を貰えているのだから、自分にとっては天国そのものと言い苦笑しだす。