アメット
電力不足に陥っては今以上に不便な生活を強いられてしまうので、これらの便利な代物を最下層に持ち込むわけにはいかない。
今の最低限の生活を維持しつつ、多くの科学者が参加しているプロジェクトの成功を願うしかない。
ただ、それがいつ成功するかシオンは明言していない。
クローリアが仕事をはじめて三時間後、手続きを済ませたシオンが一時帰宅する。
到着と同時にクローリアの名前を呼ぶが、返事が返ってこない。
何があったのかと首を傾げつつクローリアの姿を捜すと、トイレでしゃがみ込みせっせと床を磨いている現場を目撃する。
「クローリア」
「えっ!?」
「帰った」
「す、すみません。お出迎えを――」
「いや、それはいいよ」
一生懸命掃除に取り組んでいたからこそ、周囲の音が耳に届かなかった。
決してサボっていたわけではないので、これくらいは気にしなくていいという。
寧ろ真面目に仕事をやっていてくれたことの方が有難く、トイレの床は隅々まで磨いた結果、明かりを反射させている。
根が真面目でいい子。
尚且つ料理の他に掃除のスキルも高いクローリアに、最高の人物を家政婦として雇ったとシオンは心の中で微笑む。
この人物を無碍に扱うことはせず、大事にしないといけない。
それに彼女に嫌な思いをさせたら、父親やアムルから何を言われるか――
そのようなことを考えフッと笑うと、シオンはクローリアの目の前に一枚のカードを差し出す。
これこそが家政婦が使うことができるカートで、これがないとこの階層で生活できない。
「なくさないように。なくして再発行するとなると、結構手続きとか面倒だったりするから」
「わかりました」
「で、俺は仕事に行く」
「お帰りは……」
「今、詳しく言うことはできない」
急な仕事が舞い込めば、徹夜で作業を行わないといけない。
また下っ端ということで、上司から無理に仕事を押し付けられることもある。
だから今日は発行したカードを使ってクローリア一人分の食事を買ってくればいいと言い残すと、シオンは急いで研究所に向かう。