アメット
「すみません」
「家政婦といっても、無碍に扱いたくない。父さんから言われたからというわけじゃなく、俺自身がそうしたい」
シオンの本音に、クローリアは何も言えなくなってしまう。
本当に統治者一族の者なのか疑ってしまうほど、下の者に優しい。
これも階級を偽って、多くを体験しつつ仕事をしているから――と、クローリアは考える。
いや、それ以上にもとからシオンは優しい性格なのだろう。
緊張感が漂う中クローリアは椅子に腰を下ろすと、何度も溜息を付く。
そして思うのは、自分がとんでもない人物に出会ってしまったというもの。
まさに、運命はどう転ぶかわからない。
(皆は……)
最下層の住人は、シオンはB階級の人間と認識している。
その状況で、本当は統治者一族でした――と話したら、どのような反応を見せるのか。
クローリア同様に驚愕し、唖然となるだろう。
彼等も上の者のやり方を嫌というほど知っており、反発を抱く者も多かったりする。
(シオン様が、継がれたら……)
ふと、思うのは将来の話。
いずれシオンも父親の跡を継いで、統治者としてドームの頂点に立つ。
その時、最下層の住人にまで目を向けてくれるのか。
上部の階層に行くことを許してくれるのか。
あれこれと考えていると、クッキーを持って来るシオンの姿に気付く。
その瞬間、クローリアの顔が紅潮した。
「どうした?」
「なんでも……ないです」
「落ち着かないなら、これを食べるといい。紅茶、淹れ直そうか? 温かい方が、美味しい」
「……はい」
震える手でカップを差し出すと、シオンはそれを受け取りキッチンへ向かう。
恥ずかしさが前面に出ているクローリアはシオンの姿を視線で追うことはせず、クッキーを凝視する。
用意してくれたクッキーは、素朴なプレーンクッキー。
一口齧れば微かな甘味が口の中に広がり、徐々に気分が落ち着いてくる。
しかし食欲があるわけではないので、半分食べるのが精一杯。
残り半分を皿の上に置いて、シオンが来るのを待っていると「食べないのか?」という声音が響く。
その声音に反射的にキッチンがある方向に視線を向けると、湯気が立ち昇るカップを持つシオンの姿が視界に映り込む。
彼の言葉にクローリアは頷くと「食欲が……」と、返す。