アメット

 仕事が忙しいのか、いつもと違いすぐに電話に出ない。

 仕方ないと思いつつ電話を切ると、メールを送信することにした。

 勿論、送信内容はクローリアが最下層へ一時的に戻ったというもの。

 これについて、アイザックは何と返信するか――

 と考えながら携帯電話をポケットに仕舞うと、特に目的を持たずブラブラと歩きはじめた。




 最下層に到着しエレベーターを降りた瞬間、クローリアは思わず咳き込んでしまう。

 シオンのもとへ行く前はこの淀んだ空気の中で生活していたというのに、身体が拒絶反応を示す。

 また、見慣れている風景も明らかに違い、空間全体が曇っているような雰囲気だった。

 淀んだ空気に耐えられなくなったのだろう、クローリアはハンカチを取り出すと口と鼻を覆う。

 しかしこの程度で完全に防護できるわけではなく、胸元が苦しい。

 だが、両親に会いに来たのでこのまま戻るわけにもいかず、クローリアは苦しみに耐えつつ実家に戻った。

「た、ただいま」

 ドアを開きながら、両親に声を掛ける。突然娘の声音が聞こえたことに驚いたのだろう、クローリアの母親シンシアがか細い悲鳴を上げる。

 母親の反応にクローリアは目を見開くが、何となく理由を察したのだろう、事前連絡をせずに戻って来たことを詫びるかのように俯いてしまう。

「今日、どうしたの?」

「シオン様が、戻っていいと……」

「まさか、クビに!?」

「ち、違うわ!」

「なら、どうして……」

「お休みを貰ったの」

 クローリアは母親に、どうして実家に戻って来たのか話していく。

 娘が迷惑を掛けずにシッカリと働いていることに安堵したのだろう、シンシアの表情は当初強張っていたが、徐々に綻んでいく。

 それに娘の服装相手から判断できるのが、いい暮らしをしているという証拠。

 いい人に巡り合えた。

 はしゃぎながら語っている姿にそのように判断するが、同時に別の意味での不安感が湧き出る。

 B階級が暮らす世界に溶け込んで、いい暮らしをしている。

 それに話からして、クローリアはシオンに好意を持っていることが見て取れる。

 勿論、両者の間に明確な階級差が存在する。


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