アメット

 それが存在していなければ、シンシアは娘の想いを大事にしてやりたかった。

 しかし階級差を考えれば、応援することはできない。

 親として何かいい言葉を掛けてやらないといけないが、その「いい言葉」が見付からない。

 ただ、憐れみに近い視線を娘に向けてしまう。

「これ、お土産」

「あ、有難う」

「このお土産は、シオン様からお父さんとお母さんにって。中身はどういう物なのか、わからないけど……」

「そうなの!?」

「シオン様が最下層へ高価な物を持って行くと、途中で没収されるかもしれないって言って……代わりに支払って頂いたの。本当は、頂いているお給料から支払おうと思っていたけど、シオン様が没収された時が勿体ないって。だから、今回はシオン様が買ってくれて……」

「そうだったの」

「でも、大丈夫だったわ。こうやって、お母さんのもとにお土産を持って来ることができたもの。次はシオン様に頼らず、自分のお給料で買ってくるわ。二度も、お世話になれないもの」

 娘の話を聞きながら、シンシアは箱を開く。

 箱の中に綺麗に並べられているのは、美味しそうなカップケーキ。

 最下層では手に入れることのできないお菓子に、シンシアは目を見開く。

 そして「これ、高くないの?」と聞き、高級な物を頂いてしまったことに恐縮する。

 このカップケーキは何度か食べたことがあるのだろう、クローリアは「普通の値段」と、伝える。

 だが、シンシアにとって「普通」の概念がいまいちわからないらしく、値段を聞く。

 母親からの質問に、クローリアは自分が今暮らしている上部での「普通」について話していく。

 クローリアが家政婦として上部の世界で暮らしはじめてから、それほどの月日は経過していない。

 していないが、話を聞いているとすっかり今の階層に適応してしまっている。

「最下層では、高級品ね」

「そうかもしれない」

「これ、頂きましょう」

「うん」

 久し振りに家族三人で食事ができることが嬉しいのだろう、クローリアの表情が綻ぶが、我慢の限界に達したのだろう、咳き込んでしまう。

 娘の変化にシンシアはクローリアの背中を摩ると、体調を崩しているのなら無理しなくていいと、ドーム上部へ行く前に使用していた彼女の部屋に連れて行く。


< 249 / 298 >

この作品をシェア

pagetop