アメット
「わ、悪い」
『いいさ。いつか、絶対に……』
それに対しシオンは何かを言い掛けたが、言葉として示す前に止めてしまう。
これを言ったら更に追いつめてしまうと本能的に察したのだろう、それを言わなかったことにアイザックの傷を深く抉らずに済む。
アイザックに話したことにより気が楽になったのだろう、感謝の言葉と共にシオンは電話を切ろうとしたが、止められてしまう。
どうやら恋愛相談に乗った代わりに、溜まっている仕事を手伝って欲しいらしい。
シオンは一瞬「自分でやれ」と言いそうになるも、仕方なく引き受けることにした。
『珍しい』
「何が?」
『いつもなら、何かを言ってくる』
「こういう時もあるさ」
『春……か』
「違う!」
『まあ、いいか。手伝ってくれるし、深く追及はしない。いつもの場所で待っているから、宜しく』
そう言い残し、アイザックは電話を切る。
一方的に電話を切られたことにシオンは目を丸くするも、徐々に口許が緩んでいく。
そして携帯電話をポケットに仕舞うと、公共の乗り物を使いアイザックが待つ研究所へ急いだ。
その夜――
クローリアは昼間の時以上に、ふさぎ込んでいた。
彼女の悩みの原因は、シオンが暮らしている階層に適応してしまった自身の身体であった。
生まれ育った場所の空気で咳き込み、周囲にある物を汚いと思ってしまう。
また、食べ慣れているはずの食事が美味しく感じず、胃の周辺がおかしい。
流石に吐き戻すとまではいかないが、口の中がおかしい。
あらゆる面で異常をきたす身体に、やるせない気持ちになる。
(もう、この世界に……)
両親に会えて嬉しい反面、突き付けられる現実に心が痛む。
同時に思い出すのは、シオンがはじめて最下層に訪れた時の出来事。
あの時飲食物を提供しようとしたが、シオンは拒絶していた。
「最下層の食べ物が汚いから断った」とクローリアは考えていたが、今その理由が判明する。