アメット

「どうした?」

「い、いや……」

「腹が減っている」

「その音を聞けば……」

「だから、行っていいか?」

 シオンの素直な訴えに同僚は苦笑すると、昼食を取れないほど仕事が忙しいのかと同情してくる。

 それに対しシオンは頭を振ると、たまたま食べるタイミングが見付からなかった。

 だから今から食べに行こうとしていたが、腹の音を聞かれ捕まってしまった――と、話す。

「わ、悪い」

「で、いいかな?」

「だから、機嫌が悪いのか」

「わかっているじゃないか」

「いつになく……」

「腹が減っていれば、機嫌が悪くなるよ。食欲は人間が持つ欲求のひとつなんだから、仕方ない。それに朝から何も食っていないし、それで例の場所で長時間作業していたから疲れた」

「お疲れ」

「で、何か用か?」

「いや、用は……」

 なにか言い辛いことがあったのか、口籠ってしまう。

 その反応からしてシオンは「偶然見かけたから、声を掛けた」と、気付く。

 勿論、同僚は悪気があって声を掛けてきたわけではないので、シオンは特に怒ることはしない。

 それどころか、昼食がまだなら一緒に行かないか誘う。

「さっき、食ったばかりだ」

「残念」

「いや、茶を飲む」

「いいのか?」

「少しくらいなら、平気じゃないか。今、込み入っている仕事はないし……たまの休憩も必要だ」

「なら、行くか」

「おう」

 二人が肩を並べ他愛ない会話を交わしながら向かったのは、人がまばらの食堂。

 時間的に殆どの者が食事を取った後なのだろう、二人は窓の近くに置かれている広いテーブルを選ぶ。

 しかし寛ぐ為にやって来たわけではないので、シオンは同僚を待たせると食べ物を選びに行く。


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