アメット

 まさに、鉄の胃袋をいうべきか――

 現に今も、ブラックコーヒーを飲み干している。

 やはり一杯では満足できなかったらしく二杯目を貰いに行くが、それも短時間で飲んでしまう。

「熱くないのか?」

「いや、特に……」

「そうか、だから大量に飲めるのか」

「羨ましいか?」

「別に……」

 シオンにとってブラックコーヒーは一・二杯飲めば満足できるので、大量に飲めることを「羨ましい」とは思えない。それどころか大量のブラックコーヒーは胃を荒らす原因になってしまうので、健康面を考えれば熱々のブラックコーヒーを大量に飲むことは避けないといけない。

 しかし同僚は、検査で引っ掛かったことはない。

 鉄の胃袋は、伊達ではなかった。

「あー、そうそう」

「どうした?」

「外界へ行く」

「押し付けられたか?」

「半分そうで、半分違う」

「そういう意味だ?」

「以前、お前が言っていただろう」

 同僚の言葉に、シオンは食事の手を止め考え込む。

 思い出したのは、アイザックに話した「外界に行くので、休みを許してもらった」というもの。話の内容からしてそれが正しく、同僚もシオンの真似をして休みを取ろうとしていた。

「有休は権利となっているが、下の者はなかなか取ることができない。だから、外界に……だ」

「気を付けろよ」

「飛ばされそうになったな」

「あの時は、死ぬかと思ったよ。たまたま近くに石があったからよかったけど、なかったら……」

 今この場に、シオンはいなかった。クローリアもシオンの存在を知らぬまま一生を過ごし、上部の世界は憧れのままだった。シオンは当時の状況を思い出しつつ、素直な感想を伝える。シオンの話に同僚は苦笑しつつも目は真剣そのもので、彼自身外界の恐ろしさを知っていた。
< 272 / 298 >

この作品をシェア

pagetop